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At my March 11.

そのとき、僕は小川町のとあるビルの9階にいた。

激しい揺れの中、非常階段を駆け下りた。
三半規管に問題はないが自分が揺れているのか世界が揺れているのか分からなかった。

―ちょっと強い地震だった。

そう、初めはそんな風に思っていた。
日本に住む人々にとっては避けられない自然現象。

それから日が暮れるまであらゆる情報に遮断された環境に置かれていた為に外がどうなっているのか分からなかった。
頻発する余震にただならぬものは薄々感じていたが街に出て、この眼で見て、この耳で聴いて、今の日本がどういう状況なのか分かった。

日の沈んだ東京、秋葉原の街は、落下物の恐れがあり歩道は通行禁止、JRもメトロも全線不通、公衆電話とタクシー乗り場には長蛇の列、駅構内で寒さを凌ぐ人々、様相が一変していた。
溢れかえる人波の中で立ち尽くす僕の髪の毛を強く刺すように冷たい風が浚っていく。
この寒さを耐え忍ぶことは僕には不可能だと思った。

気仙沼市で大規模な火災発生」
「仙台市で200人~300人の遺体」
ケータイは電話もインターネットも繋がらず街頭の電光掲示板に流れるニュースで日本の現状を知る。
想像を遥かに超えた事態の深刻さに愕然とした。

午後11時を過ぎて運転を再開したメトロと徒歩で家路を急ぐ。
余震に怯えながらも歩き続け無事に家に辿り着いた。
電車で20分足らずの家までの道のり、しかし、時計の針は午前3時を回っていた。

靴を脱ぎ捨てて乱暴にネクタイを緩めながらリビングに直行する。
テレビを点けると各地の惨状が克明に映し出されていた。
空腹も疲労も明日の予定すら忘れて茫然とテレビを観る。

地震の影響で自室には大量の文庫本が散乱していたが傷ひとつ負わなかった。

それが僕の3月11日。



----------------------
東日本大震災から昨日でちょうど1年ですね。
復興には多大な時間がかかると思います。
微力ながらも協力できることがあれば協力します。

また、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り致します。

あの日を忘れないために。

Ricky's運営委員 松井要
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No title

阿川様

いつもコメントありがとうございます。
被災地には行けませんでした。
自分のこともできないのに他人のことを手伝うなんて・・・そう考えると行けませんでした。
東京でできる限りのことをしていました。
もう少し自立した人間になれたそのときには他人のためにどこにでも行こうと思います。
今の生活が当たり前の日常じゃないことを大切にしたいですね。

No title

松井君
東日本大震災から1年ですね。
当日は、運よく我が家にいました。
自分は、仙台市在住の知人がなくなり
とても悲しかったです。
震災後壊れた家屋から貴重品持ち出し
などのお手伝いに行きました。
余震の恐怖と悪臭の戦いでした。
阪神淡路大震災の時も言えるのですが
おいしいササニシキが食べられる
水道から水が出る 携帯電話が繋がることが
いかに幸せなのか実感します。
心身の復興には、まだ時間がかかります。
1日も早く被災地が福幸できますように

松井君は、被災地に行きましたか?
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